関西コミティア73に行ってきた。
会場はインテックス大阪。fun time tribute以来、5か月ぶり。当たり前だが、ライブ時とは全く様相が違う。
同人誌即売会は友人の売り子をした去年の夏コミ以来。コミティアに関しては初めてだ。夏コミの前は10年くらい同人イベントには参加していなかったので、参加のスタンスがまだ地に足ついてない感がある。
開場前に到着して、パンフレットを購入し、列に並びながらサークルチェック。特にどのサークルが目的でもなかったので、なんとな~く気になるなあ、と思ったところを中心に会場を回るつもりでいた。
開場時間になる。拍手が起こる。あー、いい。会場の中に入ると眼前に広がるサークルスペースの数々。だが、ホール自体は1か所のみでの開催だったので、こじんまりした印象を受けた。夏コミはなが~い通路を歩いてようやく友人のスペースに辿り着き、さらに数か所のホールを使って開催されていたので、それに比べるとかなり回りやすかった。まあ一次創作の即売会としては大規模なのだが。
ふら、と気になったサークルに立ち寄る。ここで問題なのだがコミュ障がひどすぎて立ち寄るのにも緊張してしまった。本を買うときに全然人の目を見れず、小声でやり取りをし、大体逃げるように退散してしまった。ひでえ。あと気になるサークルに別の人が立ち寄っているとどうしていいか分からずに同じ場所をうろちょろしてしまう。普通に後ろに並ぶなりなんならすればいいのだけど、めちゃめちゃ本欲しい人みたいになってしまう。とりあえず見本誌とか見てみて、あっ合わなかったわ、となった時に並んでたくせになんも買わんのかい、と思わせてしまうと、なんか、嫌かな、と思っちゃう。そう、合わなかったときになんも買わずにサークルから立ち去るの、すげぇ心痛い。多分、そんな人はいっぱいいるのでそんな気にしなくていいと思う。でも気にしちゃう。でも良い!と思った本を何冊か買うことが出来た。みんな絵がうますぎ。こんなうまい人が私と同じように車や電車やなんやで通勤して上司に怒られたりしているのかもしれない。どうやって擬態しているんだ。本当に同じホモサピエンス?
漫画本買うつもりで来たのだけど、イラスト本と情報本ばっかり買ってしまった。っかしいな。たった30分で財布がすっからかんになった。恐ろしい場所だ。やっぱり漫画本よりイラスト本の方が1枚にかける熱量が違うので、小さなサークルカットや遠目からのポスターなりでは目を引くのだ。そっちに吸い寄せられてしまった。大勢の目に触れる絵の重要さを改めて知る。
各々が仕事や学業の合間を縫い、懸命に時間とお金を使って作品を作り上げる。別に誰に言われたわけでもなく、勝手にやっている。コミティアという場は特に1冊も売れないこともザラと言う。完売したとて利益なんか出ないことの方が多い。でもここに集まっている人間はそれでも「好き」を詰め込んだ作品を作り、基本的には自分の手で頒布する。しかも、一次創作限定のイベント、皆0から1を生み出している。大げさだとは自覚しているが、究極の趣味だと言っても過言ではないと思う。人間はここまで様々な創造を繰り返してやってきた。創造は自己表現に帰結する。それを人前で披露し、自分ではない者の心を少しでも動かすことが出来る。自分を受け入れてもらえる。そういうのにやみつきになってしまう生物なのだ。絵だって文だって音楽だってなんだってその手段なのだ。結局他者と分かりあいたいだけなのだ。人間が人間であり続ける限りは、文化は死んでくれるなよ、と思う。
刺激を貰えた1日だった。楽しかった。私も今年9月のコミティア153に参加することを目標にしているのだ。これから申し込みます。頑張るぞ。既に、進度としては、ヤバいと思う。が。既にストックのあるもののまとめ本を作るだけなのだが、なんでこんなヤバいんだ。日々、なんらかの予定とか、生活とか、体力とか、なんやかんやある中でみんなどうやって本作ってんだろ。ほんと。私には友人も恋人もなんもいねぇのに、逆になんで時間ないんだ。いや、時間は多分ある。体力がなさすぎる。あと、絶望的なまでの遅筆。あと、脳内教養フォルダがすっからかんなので、創作に使える引き出しが空。終わりじゃねぇか。それでも描く。誰も求めていないとしても、私は求めている。私を救うために、私は描く。私はそういうスタンスでやっている。対よろ。

